理事長のつぶや記~vol.17~

藤原道長は糖尿病?

 NHK放送の「鎌倉殿の13人」で尾上松也さん演じる後鳥羽上皇が、頼朝の死の原因を「飲水病」とだと言っていました。V0l.6でも書きましたが、直接には脳卒中(脳梗塞)により落馬したことが原因であると言われています。その「脳梗塞」の原因として、「飲水病」とよばれていた「糖尿病」が疑われます。関白・近衛家実の日記にも「前右大将頼朝卿、飲水に依り重病」という記載があります。

 この糖尿病は古代エジプトの時代から記録に残されているように、古くから人類を悩ませてきた病気です。

 さて、皆さんもご存じの教科書にも載っている「この世をば わが世とぞおもふ 望月の 欠けたる事も なしとおもへば」という歌は藤原道長が今から1,000年前に詠んだものです。娘3人を皇太后、皇后、中宮として妃にして、摂政、太政大臣として絶大な権力を持ちました。前述の歌は三女威子が中宮となった日に詠んだ歌だったのです。

 そんな道長ですが、51歳頃から喉の渇きを訴え、水を大量に飲むようになりました。顔色も悪く、気力もおとろえました。そして、53歳には体がやせてきて体力の衰えがはなはだしい状況になりました。これらの症状は「飲水病」によるものといわれています。現在の糖尿病にあたり、平安の昔から酒飲みで大食漢の貴族がよく患いました。

 道長も肥満と運動不足であるにもかかわらず、連日のように大酒を飲み、美食にふけっていました。また、貴族間の権力闘争に明け暮れ、ストレスも相当あったと思われます。これでは、糖尿病になる確率は高いですね。

 「この世をば」の歌を詠んだ時、道長は糖尿病による網膜症のため、ほとんど目が見えなかったそうです。「小右記」(右大臣・藤原実資の日記)によると、威子の祝宴が終わったあと、実資は道長から「なんじの顔がよく見えぬ」と訴えられる。実資が「それは昼ですか夜ですか」と尋ねると「昼も夜もだ」と道長が答えています。

 道長こそ、現代人の栄養過剰摂取による苦しみを平安時代に体験した糖尿病患者の先がけといえるのではないでしょうか。

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