理事長のつぶや記~vol.18~

「くだらない」の語源

 豊臣秀吉の天下構想のひとつは経済の割拠性を打ち破ることにありました。そのためには、米に完全な市場性をもたせました。全国の余剰米をいったん大坂に集め、ここで相場をたてて全国に送り、九州の米も欧州の米も一つの相場の下にあるようにしました。

 やがて江戸時代に入って、米に次ぐ重要な物資である木綿、菜種油、材木金肥(干鰯)なども、米同様、大坂において集散されるようになりました。

 例えば、菜種油は、灯火として必要でした。大坂の油問屋が、摂津泉(大阪府と兵庫県の一部)や大和(奈良県)、播州(兵庫県)、淡路(同)などの農家を影響下において菜の花をつくらせ、六甲山系の海寄りの傾斜地を利用して水車を回し、搾油しました。
 酒も、伊丹、池田、灘五郷の醸造業者によって大量につくられ、樽廻船で江戸に送られました。江戸付近でも酒はつくられましたが、水が悪いのと技術の遅れのためにまずかったのです。このため、江戸では下り(上方から江戸へ)の酒が喜ばれ、下らない酒はまずい、とされました。このことから、つまらぬコトやモノを「くだらない」(江戸弁)というようになったという説があります。

 江戸時代には大坂という表記でしたが、「坂」の文字を分解すると「土に反(かえ)る」となり、死を連想させることから明治時代には「大阪」が定着したとも言われていますが真偽のほどはわかりません。

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